音楽会の写真ほか、エピソードを加えて紹介。

 

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EPISODE on PHOTO #5
ジプ夜ができるまで「真っ赤なスープ」編

 

 




スープを出そうと決めた時に頭にあった構図。2002年ハンガリー・ブダペストにて絵本作家のマレーク・ベロニカさんに連れていってもらったレストランで食したグヤーシュ。そこのおばちゃんに作り方を教わりました。1st stageにはこのグヤーシュ(牛すね肉を使った)が出されました。


次回Vol.9のために描いてる絵。
次回はテーマ名を先に決め、そのイメージで描いています。1月中に発表しますのでお楽しみに!

 






イタリアボローニャで宿した民宿で。頼んで夕食の手伝いをさせてもらって、その時に教わったおつまみが地中海のタパスということで、それを土台に2nd stageで出すタパス似取り組みました。

 


タパスの試作は開催1月半前に11品目をスタッフとテストして厳選。

 


実際に皿盛りし、決定したタパスたち。全6品。
・黒オリーブとアンチョビのピューレー石臼バゲットのせ
・白豆のピューレー石臼バゲットのせ
・生ハムとモッツァレラのオリーブオイル漬け
・リボンパスタのトマトソース
・イカとししとうとナスの炒めもの
・鳥レバーのベーコン巻

1:テーマを決める。

テーマの決定は、完全に店主の妄想から入る場合。「この曲やりたいなぁ」「この曲いいね〜やろうか」とバンド内で持ち上がったところから膨らんでいく場合。この二通りです。

今回の場合、'Melodie au Crespcule(黄昏のメロディ)'という曲から思案は始まりました。「こんなニュアンスの曲はこれまでない。そうか...いろんなタイプの曲をやるか....まるで料理だな....<料理だそう!決定!>....スウィングキッチン.....う〜ん....スウィングママ....う〜ん....スープ.....★....情熱スープ.......あ!真っ赤なスープ!決まり!。出す料理も赤色したグヤーシュに同時決定。
*どちらの場合でも、演奏曲が1曲出ると、ショーの方向性が見えてくる。

2:内容を固める

「スープ(グヤーシュ)を出してディナーをとってもらうのは1st stageにはいいけど、2nd stageの時間はみんなお腹一杯だろう。何をだそう....」
そこで決めたのが、イタリアボローニャの民宿で夕飯の手伝いをさせてもらった時に教わった地中海のタパスでした。お酒のつまみにもってこい!これで店として今回の詳細が決まる。

 

3:決まったテーマと詳細をバンドとスタッフに伝達する。

今回の場合、次回テーマをメンバーに伝えたのは、前回「波止場のサーカス」当日だったのです。本当はステージ上で、いきなり発表と思っていたのですが、滝さん(ギタリスト)がチラシを見つけちゃってばれる。後日、「マリス・エ・ギリーにとって2回目のジプ夜だし、テーマにしばられないで音楽の素材を出して、1stも2ndも異なる音楽素材のスープにしてほしい。」と詳細を伝えたのです。

4:店主、絵を書く


今回の場合、テーマが先に決まってから、みなさんに伝えるために重要なポスターの原画を描くことになりました。最初は、「モンマルトルのショーガールを母親に持つ少年が頬張る真っ赤なスープ」をキャンバスに描きました。左半分の黒い部分をよく見てみると山型に明暗が分かれているでしょう。これは母親のコルセットの胸の部分で、子供の肩を抱いていました。子供もスプーンを持っていました。しかし描いてみるとその絵は喋り過ぎで、「終わってみなければ分からない、予測できないショー」を連想させるものではありませんでした。そこで、真っ黒に塗りつぶして母親も、背景も、子供のスプーンも、ついでに子供の口も消し、「未完成」のものをポスターにすることにしました。ちなみに、のちに描き上げたのが右の絵。口も描き、スープボウルを抱えた姿。


5:その頃バンド内では...

 
今回の為にマリス・エ・ギリーが候補にあげた曲はざっと10曲ほど。手分けして譜面に起こす作業があります。この時はたまたま二人でしたが、これは閉店後、書いた譜面を持ち寄って、二人で演奏してみてる様子です。このとき、ショーが見えてくる一番重要な時で、お互いの脳の中を感じていくわけです。一曲に対して感じるイメージがメンバー各々が違うわけですから、譜面をいじくって色を出したり、色んなことをやりながらお互いを感じていきます。そうこう練習していくうちに、だんだんと完成されていくのです。その間、没になる曲もあれば、練習に飽きて遊びでやっていた関係ない曲が組み込まれて来たりもします。結局、当初の候補は数曲没。他に浮上したのも数曲。演奏のイメージがメンバー3人が共有できるようになるまでには、時間が必要で、STEP by STEPしながらショーを迎えます。また、今回の1st stageでは予定外の曲'NIGHT & DAY'が演奏されたのですが、それは1週間前に滝さんと遊んでて、中々いい感じだったので当日いきなり組みこんでみました。

 

6:2日前・料理の仕込み

1stステージのハンガリアングヤーシュは牛すね肉を使用。デザートのサングリア・ゼリーはまずはベースのサングリア(フルーツワイン)を作らなくてはなりません。2ndのタパスの生ハム&モッツアレラも一昼夜オリーブオイルに漬け込まなくてはなりません。そのため、本格的な製作は2日前から仕込みました。当日は朝早起きして残りの品を作って全品完成です。

 

 
ジプ夜2日前。サングリア製作完了!これを一晩寝かせてゼリーにする。
ワインに漬け込んだフルーツは、全部取り除いてジャムに。
果汁と合わさったワイン(サングリア)を今回のデザートゼリーに。

 


EPISODE on PHOTO #4
ジャンゴの町〜Samois sur Seine その2


サモワのお墓のひとつ



ジャンゴ・ラインハルトが晩年を過ごした家。
ちょっと下宿っぽいでしょう?でも、壁の感じ、小さな扉、3階のバルコニーがいい感じ。バルコニーからはセーヌの様子を望めるのでしょう。



(上2枚)Samois sur Seine セーヌ河岸にて。



Chez Fernandージャンゴが通っていたレストラン。サモワでは毎年、ジャンゴ・フェスティバルといって、欧州各地、世界中からミュージシャンがやってきて、数日間におよぶステージがある。そのポスターが軒先きに。


これが、突然目の前に現れた大好きなギタリストRomane。金沢さんが、知らぬ間に写していた一枚を頂戴しました。Romaneのアルバムはどれもすごくいいので、是非聴いてみて下さい。以下3作はどんな空間でもマッチするのではないかと思います。


Romane

 

ジャンゴのお墓参りをしたあと、ついでに「フランスのお墓はどんなものか」と他のお墓も拝見させて頂きました。実のところ、ベースの田村が1級お墓ディレクターで、出発前に「墓の写真を撮って来てくれ」と頼まれていたのです。

これが、なんと楽しかったこと!海外に行ってまで、お墓なんて鑑賞しようともしないでしょう?建てられた年代によって、一つ一つ趣も違えば、大きさも違います。また、忘れ去られたように放置されている廃虚のようなお墓もあれば、手入れが行き届いたお墓もある。『「愛」って平等ではないな』とちょっと胸が痛くなりました。

ともあれ、いい経験をさせてもらいました。しかしながら、それほどのお墓にカメラを向けるというのは、なんと体力と精神力のいることでしょう。田村にはメシでもおごってもらいます。

*ちなみに、この「サモアのお墓写真展」を来年1月か2月にはろー書店で開催しようと思っていますので、興味のある方は、是非ご覧下さい。田村にはお墓ディレクターとしての解説をしてもらいます。

 

EPISODE on PHOTO #2 ジャンゴの町〜Samois sur Seine その1の最後は、「ジャンゴのお墓参りをした時から、何かが変わった。そのお話はまた今度」ということでした・・・・

 

お墓参りの後、ジャンゴが晩年を暮らした家にいきました。セーヌ川がすぐそばに流れるところに彼の家はありました。大きい家でしたが、風情のある家というわけではなく、どちらかというと下宿のような家で、そこが可愛らしくもありました。

 

ジャンゴの家の玄関から、彼が愛した釣り竿を持ったような気になって、セーヌを散歩して、それから、彼の行きつけだったレストラン'Chez Fernand'に、夕食をしようといきました。しかし、開店前なのか17時半になっても店にスタッフさえいません。「もう少し待ってたら来るかもね」と話ながら、一緒に行った金沢さんとオープンテラスでセーヌを眺めながら喋っていました。驚きはここからです。

 

店とセーヌの間には小さな町道が走っています。そして店横には、「貸家」とかかれた家があり、玄関先にぞくぞくと人が集まって来ました。すると目前の町道に<売り22500 EURO> とはり紙をした高級車ジャガーがのらりと現れ、店横の貸家の前に停まりました。その車から降りて来たのは、ジャンゴの後継者とも言われる一人、大好きなギターリスト、ROMANEだったんです!!!!僕は硬直してしまい失神しそうで、金沢さんに「ロ・ロ・ロマーヌだ、ロマーヌだ」というしかありません。

 

と言われても「だから?」と思うでしょう。でも考えてみて下さい。ジプシージャズを好きになり、志すようにもなり、「新しいジプ夜を始める前に、ジプシージャズの創始者ジャンゴのお墓参りをして感謝の気持ちを言おう」と、日本から行って、そのたった一日、わずか4〜5時間のサモワの滞在に、しかも目の前に現れるんですよ。もう、、ジャンゴが会わせてくれたんだとしか思えません。それに寒気が走って硬直してしまったんです。いつもの自分なら、気軽に話し掛けてるでしょうに。。。

しかも、その3日後。パリのクラブで、今度はジャンゴの孫、デビッド・ラインハルトに会いました。「新しいジプ夜は、完全にスピリットの入ったものになること間違いない!だって、運命と使命だもん」と、夜な夜なパリを闊歩。

気分よかった。

さ、今日からジプ夜Vol.8真っ赤なスープの発売!是非来てください。スピリットの入ったジプ夜を!

 

*ちなみにChez Fernandは、土曜だというのに、いつまでたってもオープンせず、食いそびれてしまいました。また、店横の貸家は、ジャンゴの息子(ギタリスト)バビク・ラインハルトが住んでいた家ということを知りました。ロマーヌは、その家を買ったのかもしれません。

 


黒猫/Chez Fernandにて

 


EPISODE on PHOTO #3
終了!「波止場のサーカス」

 

10月18日(土)にリニューアルスタートしたジプ夜VOL.7「波止場のサーカス」が終わりました。
ご来場のみなさん、大変楽しい夜を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

今回から「マリス・エ・ギリー」という新楽団になりスタートした新しいジプ夜。会場には9月のパリで仕入れてきた30年代の街灯やランプシェード、古い額縁、ワインをグビグビ飲む人たち、目をつむってじっと聴く人、奇声を発する人、一人で帰れない人、フランスの方、きれいなお姉さんたち、冷静な情熱が伝わってくる渋い男衆。いろんな人やものが織り成した素敵な夜でした。感謝。

 

 


gypsy swing jazz project
'Maris et Gillie'
Guitare Solo:Yuzo Takigawa, Contrabass:Motomichi Tamura, Guitare Rythmique:Kenichi Akashi

 


EPISODE on PHOTO #2
ジャンゴの町〜Samois sur Seine その1


サモアで出迎えてくれたトカゲくん。


これはサモアにある家でも目立ってた家。表札がまるでミューシャの絵のよう。'Ma Fina'<フィナ・ママ>さんの家?ってことかな。誰でしょう???でも、Finaっていう名前、終わりを連想してなんだか憂鬱です。それに「金田一少年の事件簿」に出てきそうな佇まい。ジャンゴもこの地で43才の若さで生涯を終えたし、しょっぱなから死の町?って感じがしました。


ジャンゴの墓の前で。直射日光が当たらないと思われる場所、森の木々の影が落ちるところにジャンゴは眠っています。

去る9月6日(土)、仕事の合間を見て、パリから60k ほどセーヌ川を南下した小さな町'samois sur seine'(以下サモア)に金沢さんと行って来ました。
<*金沢さんは10/18から新スタートするジプ夜で演奏する新楽団'Maris et Gillie マリス・エ・ギリー'の名前を考えてくれた方です。現在ストラスブールに留学中>

この小旅行の目的は、ジプシージャズの生みの親、ジャンゴ・ラインハルトの墓参りと、その町を歩いてジャンゴを感じること・・・この音楽の世界に誘ってくれて、いろんな人と結び付けてくれた神様に、感謝したい気持ちが今年の夏くらいから非常に強くなり、新しいジプ夜をスタートする前に訪ねなくてはならない!そう思って、訪ねることにしました。

パリから約1時間のドライブ。赤ずきんちゃんが歩いてそうな森を抜けると、通り過ぎてしまいそうな小さな町がサモア。個性豊かな立派なカントリースタイルの家が建ち並んでいました。

とりあえず適当な場所で車を停め、助手席の窓を開けると、「カチ、パチ」と小さな音がしています。その音の主は、トカゲ。飛んで着地してる音で、目の前に登場。それから少々歩いて、たまにすれ違う住人らしき車や人から、そこは別荘地、隠居生活地で、お金持ちが好んで生活する町だということが分かりました。「ジャンゴは、晩年、ここまでリッチな人だったんだなぁ」という想像を超える事実にイメージが改まりました。本当に世界のジャンゴだった。

ジャンゴが眠る墓地は、たまたま高級車に乗り込もうとするムッシュ&マダムに教えてもらいました(こんな小さな町なのに、パリよりも英語が通じるのはやはりハイソなエリア)。墓地は、パリ方面からくると町の入り口進行方向右手に位置していて、見過ごしていた場所にありました。一見、「鍵が掛かってるでしょう」という鉄の扉が墓地への入り口。広さにしてサッカーグランドくらいの大きさのこじんまりとした墓地。ジャンゴはその奥、木々が影を落とすところに眠っていました。

たくさんあるお墓のなかでも、ジャンゴのお墓は、常に人々によって手入れされているようで別格。美しいお墓です。世界中からジャンゴを敬愛する人々がやってきては、ピックや弦、、、自分の分身をお墓の上に残していっています。イギリスのジプシースウィングのコミュニティらしき団体は、ギターの形をした石のレリーフをお墓の上にどかんと乗せていました。

祈りを捧げたあと、なんだか不思議な感じがしました。率直に言葉を選ばずにいうと、「今まで聴いてたジャンゴの音楽はほんものだったんだ」ということです。だから、この前まで聴いてたジャンゴは幻みたいなものに感じたんです。パリのホテルに帰ってから、持って行ったipodでジャンゴを聴いてみました。手に残る墓石の感触、墓のジャンゴの写真の顔が浮かびます。帰国してもそれは続いています。これは僕だけの感覚でしょうが、祈りを捧げた直後から何かが変わった!・・・この後起こったことからも、それを感じることになりました。

そのお話はまた今度。

 

 

 


EPISODE on PHOTO #1
めまい...Oh!ヴェロドダ


ジプシーギターの老舗"Le Shop"店内をウィンドウ越しに撮る。ここって家賃いくらなんだろう?

 


パッサージュ・ヴェロドダは日中でもこんな暗さ。
この上を40年前にザジは逃げ回っていたのですね〜

この写真は2006年秋にパリで撮ったもの。当時の僕は、今は無きジプシースウィングバンド"Ga Dilo"のリズムギターを担当してから一年が経った頃でした。初めてこの街で特殊なジプシーギターを購入し、この珍しい音楽を自分の土地、北海道で演奏できる仲間に恵まれた幸せと、ジプシージャズの夜というイベントを自分の店で開催できる喜びに溢れていた時期です。そんな頃、 パリに行けば必ず一日は休みをとって、街中のギターショップを巡りました。

「地下鉄のザジ」という映画で、ザジがガラス張りのアーケード屋根の上を逃げ回るシーンがあります。そこがパッサージュといって、店舗が軒を列ねるパリらしいところです。ガラスを抜けて入る光、人通りが決して多くなく、歴史ある店々がならびます。その全てが醸し出す雰囲気は幻想的な感じもすれば、墓場のような陰湿さがあるようにも感じます。カメラ片手にパッサージュ巡りをしたら....きっと独特な光のムードをもった写真集ができるんじゃないでしょうか。

そんなパッサージュがパリにはたくさんあります。その中のひとつ'Passage Vero-Dodat' には、世界でも屈指のジプシーギター専門店"Le Shop"(店名が「店」ですよ!絶句でしょう?カッコいい〜〜)があります。敷き居が高い感じがして敬遠していた店でしたが、この日、入ってみよう!と足をのばしてみたら営業時間外。そこで、どんなギターがあるのかガラスにピッタリ張り付いてウィンドウの向こうを覗いていたら目眩がしてきました。ガラスに映った反対側の景色と店内の景色が混合し、上下左右分からなくなって起きた目眩....絶妙な光加減がなければ、そんなことは起きなかったことでしょう。光の妙、これが!パッサージュが幻想的な理由かも・・・な〜んて、ちょっと一枚写してみたものです。目眩がするの分かる気がしませんか?(この写真のタイトルは「めまい Oh! ヴェロドダ」に決定!)

ちなみに、この日の夕方、この店に入ることができました。ギターを買いにきたイギリスのギタリストの試奏に2時間ほど伴奏して付き合いました。お陰でその間は居心地がよかったけど、その男突然「やっぱやめるわ!」と言った時には一気に場が凍り付き、その気で接客してたマダムは無言。最悪...これにも目眩。店を出る際にミュージシャンのポストカードを買ってる自分が「とりあえず...」みたいでなんだか惨め。本当にそのカード最初から買おうと思ってたのに....なぜこんな思いをしなくちゃなんないのか、30分くらいで出てくりゃあよかったと後悔。

今後、人の目的に便乗して調子こくのはやめようと思います。(教訓)